私には「 誰にも頼れない 」と思って、生きてきた時期があった。それは浪人の時からだろうか。 浪人の時から割と最近まで、「 誰にも頼れない 」と思って生きてきたのです。 「 誰かに頼れば良いじゃないか 」と誰かは言う。でも、それは頼る人がいれば、の話だと思うんです。 頼るべき人がいない人はどうしたら良い?
家庭裁判所に行って、協議離婚の相談。 倒産する前に、お金を少しでももらえるように。 そして、女に慰謝料の請求。 慰謝料の請求は弁護士なくてもできるよ。 とれるかどうかは、わからないけど。 法テラスに電話すれば、無料弁護士相談を 紹介してくれる。 頼むならお金かかるけど、それも相談に 乗ってくれる。示談交渉もできる。 離婚したくない、旦那が頭下げてんなら 会社が倒産しても働くとこはあるでしょ。 金を運んでくる男と 割り切って 子供が成人するまで 適当に我慢。 あなたも働いて、お金貯める。 生活保護もある。 死ぬ事ない。死ぬ勇気あるなら!なんでもできる! 旦那の実家に 泣きつく。 どうしたらいいんですかぁー!! 明日から、どうやって生きていけばいいんだーとね。 なりふり構わず、子供のために もっと、貪欲に、 いい子でいなくていい。 戦って。 どうせ、人間はいつか死ぬ。 急ぐ事ない。 子供一人くらい、何してでも 食わせていける! 人に頼れない性格の原因は幼少期のトラウマかも?解消法5つ。 | ジブンクリエイト. 負けるな! 最後に頼れるのは自分だけ。 あなたは、お母さん。 その子を守って! トピ内ID: 1165739272 🐤 私も 2015年7月1日 12:18 わかりますよ。私も人に甘えることができません。育ちの問題ですよね。私も子供が出来てから、両親との関係に気づきました。 今どうしていいのかわからず、誰も頼れず、辛くて仕方ないんですね。可哀想に。 どれもこれも抱えても、貴女一人ではどうしようもありません。貴女が出来ることだけに専念しましょう。ご主人の会社の倒産は貴女が焦ってもどうしようもありません。 軽度の発達障害なら今から療育を頑張れば社会で生きていけるようにすることは可能ですよね?それが貴女が出来ることです。 ご主人の浮気は今あれこれ言っても余計に向こうに気持ちがいってしまうだけでしょう。帰って来やすいように居心地良くしているだけでいいのでは? あれこれ考えずに、出来ることだけしましょう。私も辛くて行き詰まってた時、一所懸命にやれることをやっていたら、手を差し伸べてくれる人も現れました。人様の有り難さが初めてわかりました。 どんなに絶望的だと思っていても、投げ出さずにやれることをやっていたら、なんとかなるものです。 辛くて仕方なかったら、女性相談室とか電話相談とかで、愚痴を言ってみてもいいんじゃないですか? トピ内ID: 9154601669 町こ 2015年7月1日 12:55 今は疲れ過ぎないように、考え過ぎないようにしてください。 ご主人のことは取りあえず放っておきましょう。もし倒産しても善後策はご主人に任せて。たとえ浮気していても取りあえず放っておく。 子どもとご自分のことを第一に考えて下さい。身体が元気でないと心まで病みますからね。 悩んでも仕方ないことは今は悩まない。元気になるために、お子様を一時的に預かってもらい、マッサージ受けたり、ストレスを解消したりしてください。 小町にはたくさんの仲間がいます。疲れたらいつでもここに吐き出してみて。たくさんの仲間がきっと一番良い解決策を一緒に考えてくれます!
部活と受験対策びっしりの進学校に入って 「"社会のレール"の外に飛び出したら、やっとおもしろい世界を見つけた」と田中ありすさんは語る(写真:不登校新聞) 不登校経験者・田中ありすさん(31歳)にお話をうかがった。 田中さんは高校1年生の夏休み明けから学校へ行けなくなった。当時つらかったことや、現在の気持ちなどを話していただいた。 ―― 不登校になったときは、どのようにすごしていましたか? 高校1年の夏休み明けから学校に行けなくなって、それから最初の1年間は本当につらくて、あまり記憶がありません。 「こんなことをしていました」と人に話せるようなことは何ひとつありませんでした。 当記事は不登校新聞の提供記事です ただ部屋にこもって、スナック菓子を食べて、ずっと泣いているだけでした。それからストレスでアトピーが出て、ひたすら体をかきむしっていました。 私はもともと勉強が好きで、中学までは成績もよく「優等生」だったんです。それが不登校になったことで、今まで積み上げてきた「優等生」というアイデンティティが完全に崩れてしまったんです。 「絶望しかなかった」 近所の目も苦しかったです。私の実家は地方だったからみんな顔見知りで、外に出たら「あそこの家の○○ちゃん、学校にも行かずに何しているのかしら」となる。 だから一歩も外に出られませんでした。家では親のことも拒絶していたから、部屋からもほとんど出ずにすごしました。 いろんな危機が一度に来て、もう絶望なんです。何をよりどころにして生きていいのかわからない。かといって「死のう」という意志もない。生きることも死ぬこともできない状態でした。 ―― 学校のどういうところがきつかったのですか? どの生徒にも画一的な授業をするところが嫌いだったんです。それでも中学校まではがんばって通っていて、高校は地元で一番の進学校に入学しました。 ところが、その高校が江戸時代の藩校から続いている伝統のある学校で、そのせいかすごく保守的で、部活も受験対策も厳しかったんです。
不登校 体験談ースムーズな進学にこだわらない 不登校の後、自分で歩み始めた2人の体験談 不登校を経験した若者が、その困難をどのように乗り越え、いま成長を続けているか――。当時の心境と現在の思いについて、不登校経験者の若者2人に体験談を聞きました。聞き手は、かつて2人が相談に訪れた〈札幌市若者支援総合センター〉館長の松田考さん。2019年12月7日、札幌市で保護者らを前に行われた公開インタビューの一部を採録してお届けします。 不登校・引きこもりからの脱却ー高校進学が、大きなきっかけに 18歳のT君は、小学校の高学年から中学校にかけて不登校や引きこもりを経験。しかし、母親が中学生のための進学説明会に参加したことが、変化のきっかけとなりました。いろいろな学校のなかから自分に適した場所(通信制高校)を見つけたT君は卒業して、就職活動をするところまでたどり着きました。不登校・引きこもりの日々に何を思い、どう過ごしていたか。親との関わりはどうだったか。そして、何を機会に自分が変わったか。経験者であるT君本人に体験談を語ってもらいました。 通信制高校・高等専修学校を探す
資料紹介? 問題の実態 不登校は学校に登校しない全ての状態のことをいう。主に身体疾患や経済的理由を除いた心理的、情緒的、社会的な要因によって児童・生徒が学校に行けないという状態を示すものであり、以前は「学校恐怖症」「登校拒否」という風に言われてきた。 不登校は大きく分けると5つのタイプに分けられる。まず、統合失調症やうつ病、神経症などといった精神障害の発病の結果、不登校になってしまうタイプがある。怠学の傾向がある生徒の一部は、学習意欲に乏しく、時折欠席したり、教師や親に言われて登校するが持続しない無気力型や、学校・家庭に適応できずに非行グループに入り、学校に来なくなる非行型の2種類に分けられる。また、積極的・意図的不登校の生徒もいる。そのような生徒は学校へいく意味を認めないで、自分の好きな方向を選んで学校を離脱する。他には転校や病気、その他の客観的要因が明らかにあり、それが解消すると共に登校するようになる生徒もいる。最も典型的な不登校のタイプは、以前は学校恐怖症といったものも含まれる、神経症的不登校である。神経症的不登校の中にも、優等生の息切れ型で親からの心理的独立の挫折、自己内の葛藤に起因するタイプと、社会的情緒に未成熟で、困難や失敗をさけて、安全な家庭内に逃避する甘やかされたタイプがある。 All rights reserved.