42歳で結婚16年目の夫婦、子供はおりません。主人への不信感をどうコントロールしたら良いのか悩んでいます。主人とは7年間付き合って結婚をしましが、結婚前から、仕事が忙しくて会えないと私に言っておきながら、他の女性とデートをしたりしていました。彼の部屋でいろいろ証拠物件を探すようになったのも、今思えばその頃から始まっています。悲しいことに、結婚前も後も、女性といったとしか思えないレストランのレシートや女性からの手紙や写真を必ず、見つけてしまうのです。私も我慢のできない性格で、見つけてはすぐに、"これはなんなの?
あなたはそれで満足しますか?」 私「もう良いです。」 夫「分かってもらえて良かったです。」 話し合いになりませんでした。 占いにどっぷり浸かっていた義母。 私が離婚をしたがっていると 占い師に言われていたのでしょう。 あながち間違ってはいない。 「離婚」 この言葉が頭から離れず でも 出産直後に離婚はさすがに 考えられないと 頭の中からかき消します。 「私が一生子供達を守る」 その時の私は その為には夫が必要だ この子達には父親が必要だ 私が頑張れば良い 私が我慢すれば良い そう自分に言い聞かせて 母親として生きて行く事を 心に決めるのでした。
人間としてアウトでしょ。 あなたが、甘すぎるから調子に乗るのです。 ま、私だったら再構築は選べない相手ですが。 これから、一生となりで好き勝手に他の女と中出しセックスする旦那を見て生きていくのですか? 考えられないですね。 何でも旦那の言いなりでは、あなたの存在価値って何ですか? 中途半端に許すから、連絡とったり友達としてとか意味不明なことを言うのです。 そんな男、さっさと捨てた方がいいです。 最低です。 回答者:はな(女性 40代) 2015. 02 18:44:01 相手側に慰謝料請求しないで支払いはしてる? 堕胎も妊娠も同意の元よね? 避妊しないバカは仕方ないよね~ 更年期終わって生理ない相手ならともかく、中だしする男もさせる女も半端者なのよ。 私なら即離婚、相手側に慰謝料請求、旦那にも請求して財産分与してもらって離婚だわ。 相手側に請求したら離婚って意味不明ですよ。 被害者は誰なの?じゃないですか。 回答者:サレ男(男性 50代) 2015. 02 15:13:02 一度、相手の旦那と奧さんと四者面談するべきです! 其をさせない旦那は、多分、再構築なんて望んでない! まだ、若いから慰謝料貰ってやり直せるのでは、最もまともな男探した方がいいと思いますよ! もし、今の旦那とやり直せたとしても、また不倫します。 何故て?今の話の中に、貴方に対しての愛情ゼロです。 本当に反省してるなら、ちゃんとした貴方の事、考えるでしょうし、 悲しいけど!別れて!違う人生歩んだ方がいいと思います! 20代は、此からの人生の方が長いし! 不倫で、振り回される相手と居ても!けして貴方が幸わせになれるような気がしません! 夫 へ の 不信誉博. ちゃんと考えて下さい 回答者:なぎさ(女性 40代) 2015. 02 14:26:50 もはや、夫婦関係は、壊れていると思いますが。 読んでいるだけで、吐き気がするくらいムカつきました。 こんな条件をのんで、あなたが従っていることが、同性としてすごく許せないし、理解できない。 旦那の心は、不倫女にありありです。 そんな男と、よく一緒に居られますね? 恐喝されていることに気付かないのが問題です。 他の女と中出しセックスやりまくってたってことですよ? 侮辱するにも酷すぎます。 慰謝料請求するなら離婚って、完全に頭がイカれてます。 そんな男のどこがいいんだか。 頭の中も、下半身もだらしないですよ。 「お前と心入れ換えてやり直したい。相手とはもう二度と会わないし、連絡先も消去した。一緒に頑張ろう」 本当にやり直したいと思っているなら、こんなセリフがあるはずですよね?
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震災後の大津波が襲った石巻。 救援物資が届くまでの数日間、多くの人々を救った「缶詰」がありました。 それは、震災前、数多くのメディアでも取り上げられた、石巻自慢の海の幸が詰まった「笑顔がこぼれる美味」。 石巻の漁業が復活するまで、もうこの「缶詰」を作ることは出来ません。 残された「缶詰」で作る復興への第一歩。この「缶詰」で石巻を復興させたい!
~ 今後の見通し ~ 自社工場の復旧には、まだ1年以上の長い年月がかかりますが、生産再開に向けて、製造機械の修理の手配を開始しています! 石巻港の漁業の再開にはまだ時間がかかりますが、 原料調達の可能な、私たちの原点でもある「鯨缶詰」については、今年7月を目標に、協力工場での製造を目指して、 現在準備を進めています! 木の屋石巻水産 - Wikipedia. 商品完成まで、今しばらくお待ちください! 震災前の様子 震災後の様子 ㊧1階に直売所、2階に事務所があった社屋。外側はしっかり残っていますが、震災直後は中に入ることさえできませんでした。 ㊨工場の横に建っていたシンボルマークの赤い缶詰タンク。1, 000トンの魚油を貯蔵できる巨大なタンクも、 波に流され約300m先まで流されていました。 【5月7日】 本社にて缶詰拾いを行っている様子 ボランティアの方々のご協力もいただき、缶詰拾いを行いました。 大変助かりました、とても励みになります! 【5月8日】 千葉「富楽里とみやま」道の駅での販売の様子 千葉「富楽里とみやま」道の駅にて、缶詰販売を行わせていただきました。 GW最終日だったこともあり、たくさんのお客様がご来場になり、合計で約1, 700缶をお届けすることができました!! 「石巻からわざわざ来たの!?御苦労さま! !」 「たいへんだけどがんばってね。」 と、皆様から励ましのお言葉までいただきました。本当にありがとうございます。 この機会をいただけました、道の駅「富楽里とみやま」のみなさまに心から感謝申し上げます。